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京都地方裁判所 昭和28年(行)18号 判決 1956年10月19日

原告 北山信治

被告 宮津税務署長

訴訟代理人 鴨脚秀明 外二名

主文

被告が昭和二十八年七月三日原告の昭和二十七年度分の所得金額を三十六万八千七百五十五円、同税額を六万八千九百円とした再調査決定(但し大阪国税局長の昭和三十年三月七日附審査決定により所得金額二十二万九千円、同税額二万四千五百円と変更せられた)のうち所得金額につき二十二万六千五百七十円、同税額につき二万四千百二十六円をそれぞれ超える部分はこれを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分しその一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和二十八年七月三日原告の昭和二十七年度所得額につきなした再調査決定に関し大阪国税局長の昭和三十年三月七日の審査決定により変更された所得金額二十二万九千円、同税額二万四千五百円をそれぞれ所得金額二十二万四千四百三十九円、同税額二万三千五百円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、被告は昭和二十八年七月三日原告の昭和二十七年度所得金額を三十六万八千七百五十五円、同税額を六万八千九百円とする旨の再調査決定をしたので、原告は、同月二十二日訴外大阪国税局長宛審査の請求をしたところ、同局長は昭和三十年三月七日被告のなした右再調査決定を一部取消し所得金額を二十二万九千円、同税額を二万四千五百円と変更する旨の審査決定をした。よつて、被告のなした前記再調査決定は当然右審査決定の内容どおり変更されたものと解すべきところ右変更後の所得金額及び同税額は左記のとおり違法である。即ち

(一)  被告は右年度における原告の消耗品費を千三百八十一円と認定しているが、原告が支出した右費用は千四百十一円であつて右差額三十円は原告の帳簿に記載洩れとなつていたにすぎない。

(二)  被告は右年度における原告の営業用の修繕費を七千二百一円と認定しているが、原告が支出した右費用は九千六百一円である。即ち原告は同年中に宮津市万町六百十九番地の家屋の屋根の一部を葺替えてセメント瓦葺とし、又壁の一部を塗り直し計六千七百二十四円を支出したところ、右家屋は一部は他人に賃貸しているが一部は営業用商品の置場としても使用しているから、右金員の中二千四百円を営業用什器機具等の他の修繕費と共に営業上の修繕費として計上したのである。しかして右屋根葺替の原因となつた事情は被告主張の(イ)乃至(ハ)のとおりであるが、被告主張の戦時災害国税減免法は軽微な損害に対しても適用されるものではなく、家屋の価額又は所得額に対し一定の比率以上の損害があつた場合に始めて適用されるものであつて原告が昭和二十年七月三十日の空襲で蒙つた損害は前記家屋につき屋根瓦百四、五十枚当時の価額にして十四、五円程度のものであるから同法の適用なきものであり、従つて右修繕費については昭和十年六月一日から使用を継続していた土瓦葺をセメント瓦葺にしたものと考へるべきである。

(三)  被告は右年度における原告の営業上の通信費を一万三千百四十円と認定しているが、原告が支出した右費用は一万五千二百七十三円(電話料一万二千二百三円を含む)である。被告は原告が家事上の通信費を計上していないことを理由として、右差額二千百三十一円を家事上の通信費と推定しているが、原告は前記審査請求当時被告から受領した資産負債等明細表の用紙中家計費の内訳欄に通信費欄がなかつたゝめその他色々として五千五百五十五円を計上したのであるが、右の中には百五円(葉書十七枚、十円切手二枚分)の家事上の通信費が含まれており、又電話料金については原告は所謂交際家ではなく親戚知人の中殆んどは電話を有していないから原告が同年中に家事用に電話を使用したことは一度もない。よつて前記一万五千二百七十三円は全部営業上の通信費として支出されたものである。

以上の如く被告は同年度中の原告の必要経費を計四千五百六十一円だけ過少に従つて原告の所得金額を右と同額だけ過大に認定しているから請求趣旨記載の如き判決を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

被告指定代理人等は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の事実中被告及び訴外大阪国税局長がそれぞれ原告主張の日、その主張の如き再調査決定又は審査決定をしたことは認めると述べ、右審査決定による変更後の被告の所得金額及び同税額の認定に違法な点があるとする原告の主張に対し

(一)  原告の同年度における消耗品質が千四百十一円であつて被告がこれを三十円だけ過少に認定していることは認める。

(二)  原告主張の修繕費九千六百一円は営業に必要な什器、機具、設備等の通常の修繕費七千二百一円(この金額は認める)と屋根葺替費用六千七百二十四円の一部二千四百円(残部の四千三百二十四円は不動産所得計算の必要経費に算入している)の合計額であるが、右屋根葺替費用二千四百円は次のとおり所得計算に当つて必要経費として算入することのできないものである。先づ右屋根を葺替えるに至つた事情は、

(イ)  昭和二十年の終戦の直前に宮津町が空襲を受け、そのため原告所有に係る宮津市六百十九番地の家屋が爆風弾片等によつて被災して屋根瓦が随所に破損し、

(ロ)  そこでその応急措置として破損瓦は全部はぎとり破損していない瓦でこれを補填したゝめ離屋二階の屋根北面の瓦が一部不足しこの部分を杉皮葺としたところ

(ハ)  昭和二十七年に至り杉皮が全く腐朽したのでセメント瓦で葺替えた。

ことに要約せられる。ところで所得税法において事業所得の計算に当り必要経費と認められる修繕費は、事業の用に供している資産について事業を継続することにより生じた損耗を損耗前の現況に戻すために要した費用を言うのであるが、右(一)については戦時災害国税減免法(昭和十七年二月二十七日法律第七十三号)に基き勅令により租税の減免の措置が講ぜられていたのであるから本件との関係はなく、本件修繕費は杉皮葺の屋根をセメント瓦に葺替えたことより判定しなければならない。そうだとすると予測される屋根瓦の耐用年数は著しく増加したこととなり、この部分は明らかに改良費に該当し資本的な性質を有する支出であるから必要経費とはならぬものである。

(三)  原告主張の通信費一万五千二百七十三円(電話代一万二千二百三円を含む)は原告が昭和二十七年中に支出した通信費の全額であつて、この中には当然営業に関係のない家事上の通信費も含まれているから被告は従前の徴税経験に照しこの部分に相当する金額を全体の約十五パーセントに当る金二千百三十一円と推定しこれを必要経費より除算したのである。よつて原告の同年度における営業上の通信費を一万三千百四十二円と認定したことには何等の違法もない。

と述べた。

<立証 省略>

理由

被告が昭和二十八年七月三日原告の昭和二十七年度所得金額を三十六万八干七百五十五円、同税額を六万八千九百円とする旨の再調査決定をしたこと及び訴外大阪国税局長が原告の審査請求に対し昭和三十年三月九日右再調査決定を一部取消し所得金額を二十二万九千円、同税額を二万四千五百円と変更する旨の審査決定をしたことはいずれも当事者間に争がなく、しかして原告の同年度中における営業上の必要経費の中、

(一)  消耗品費が千四百十一円であつて被告がこれを三十円だけ過少に認定していることは被告の認めるところである。よつて以下本件の争点である修繕費及び通信費の額について順次判断する。

(二)  原告が同年中にその所有に係る宮津市万町六百十九番地所在の家屋の中営業用商品の置場として使用中の離屋の屋根北面の一部につき当時杉皮葺であつたのをセメント瓦で葺替えその費用として金二千四百円を計上していること、右葺替を必要とするに至つたのは(イ)昭和二十年七月三十日の空襲の際右家屋が爆風弾片等により被災して屋根瓦が随所に破損し、(ロ)そこで原告はその応急措置として破損瓦を全部剥ぎとり破損していない瓦でこれを補填したため前記離屋の屋根北面の瓦が一部不足しこの部分を杉皮葺としたところ(ハ)昭和二十七年度中に右杉皮が全く腐朽したことに基因するものであることはいずれも当事者間に争がない。

そこで問題は、右固定資産について支出された金額を当該年度の事業所得計算上これを修繕費として必要経費に算入すべきか否かと謂うにあるところ、所得税法施行規則は第十一条に、所謂資本的支出を以て必要経費より除外する旨を規定し右についての基準を設けている。けだし資本的支出は損益計算の立場より見る限り現金なる資産と右現金を対価として取得せられた他種の資産との振替にすぎず損益には何等の関係がないのに対し、事業所得税はまさに損益計算の立場からこそ決定せられるべき事業所得をその対象とするものなのだからこれを損金(即ち必要経費)として扱う理由が全く存しないからである。そして同条はかかる資本的支出に該当する場合として通常の場合よりも当該資産の使用可能期間を延長せしめたとき又は価額を増加せしめたときの二つを挙げているから前記支出金額がこの資本的支出に属するか否かはもつぱら右の二つのうちいずれかに該当するや否やによつてのみ定められるべき事柄である。さらに同条は右使用可能期間の延長ないし価額の増加は何を標準とするかにつき商業帳簿上の固定資産評価の基準原則である取得価額主義(商法第三十四条第二項、財務諸表等の用語様式及び作成方法に関する規則第三十五条参照)に立脚し、特定個人がその事業用資産を購入ないし建設等により取得した時において、右資産につき通常なさるべき管理、修理等を加えることとして予測せられたであろうところの使用可能期間ないし右支出時における資産の価額を標準とする旨を規定しているわけである。これを本件について考えるに、原告が前記離屋を事業用資産として取得した当時その屋根が土瓦葺のものであつたことは口頭弁論の全趣旨に徴しこれを認むべきところ、前示のとおり戦時中空襲の際の爆風弾片等により右屋根瓦の一部が破損したので、残存の瓦を並べなおして生じた屋根の露出部分を爾来応急的に杉皮葺としてあつたのを、前記年度中セメント瓦で葺きなおしたというのであるから、結局その際はじめて取得当時と同様瓦葺(この場合土瓦たるとセメント瓦たるとは考察に大した影響を与えるものではない)に復せしめられたゞけのことであつて、このために建物(離屋)全体の使用可能期間が前記標準に比し延長せしめられたとはとうてい考えることができないし、また右により建物の全体としての価額が前記標準に照し増加したとも考えることができないであろう。果して然らば右支出金額は当然修理費であるというべく、これを以て所謂資本的支出となし必要経費でないとした被告の認定は違法である。

(三)  原告主張の通信費一万五千二百七十三円の中一万二干二百三円が電話料であり、三千七十円が右以外の郵便料等であることは、当事者間に争がない。

しかして証人北山太一の証言に本件弁論の全趣旨を綜合すれば前記三千七十円の郵便料等の中には、家事用に支出されたものは含まれておらず、原告がこれ以外に家事用の郵便料等として若干の支出をしたことが認められる。

しかしながら証人樫棒万太郎の証言によれば、原告方家屋は店舗及び住宅に併用されており、且電話は右家屋に一本存在するのみであることが認められるから特段の事情がない限り右電話は営業用及び家事用の双方に使用するために設置されているものと推認せざるを得ない。しかるところ原告本人尋問の結果によれば、前記電話料一万二千二百三円の中一万二千円は、基本料金であることが認められるから仮に原告が同年度中において右電話を現実に家事用に使用した事実が皆無であつたとしても右電話設置の目的が、前認定の如くである以上少くとも右基本料金に相当する金額中には、家事用に支出された部分が包含されているものと解するのが相当である。ところで前記証人樫棒万太郎の証言によれば、被告においては、従前の徴税経験に照らし、原告方の家族構成、得位先の色分け等を綜合勘案した上全通信費のうち、その十四%に当る二千百三十一円を所謂家事関連費として必要経費から除算したことが認められる、一方成立に争いのない乙第一号証によると原告の同年度における千百四十円であり、これに右被告認定の家事に関連する通信費二千百三十一円を家事用の電話料として加算し、更に原告主張の家事用郵便料等費百五円を合算してみても三千三百七十六円であるところ、成立に争いのない乙第二号証によれば、同年度中における全国都市平均の一世帯当りの交通通信費が三千七百四十四円であることが認められる。従つて被告認定の家事用通信費額は結果として必ずしも過大であるとは、考えられず、被告が右二千百三十一円を必要経費から除算したことは何ら違法もないと謂わねばならない。

して見ると原告の昭和二十七年度所得金額は被告認定の二十二万九千円より(一)の三十円(二)の二千四百円だけ少いものとなるから右所得金額は、二十二万六千五百七十円であり、又成立に争いのない甲第六号証によれば、原告の諸控除額は、計十一万四千六十四円であることが認められるから前記所得に対する税額が二万四千百二十六円となること計算上明らかである。

よつて被告のなした前記決定中右認定の金額を超える部分は違法であるから該部分を取消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 嘉根博正 大西勝也)

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